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失うことで 新しくなる

おはようございます。お元気でいらっしゃいますか。さいたま市緑区ピアノ教室のまえだやえこです。さいたま市は深夜から明け方にかけてザーッと雨がふりましたが、5時台にはやみました。「ああ、あがっている!」 笑みが溢れると、プティは私を見上げて 尻尾を嬉しそうに振りました。道はぬかるんでいましたが、プティとウオーキングとトレーニングに出かけ、毎朝の方々に何人も挨拶を交わせてうれしかった!
帰り際は本降りとなり、傘をさし、プティを抱っこして帰宅しました。

レッスンはいきている

レッスンは 生きている時間です。
生き物です。

準備を整えても 歪みを感じてしまう こともあります。

しかし、教え始めて24年が経ち、思うのです。

レッスンのあるべき源泉を知り、生徒さんの 「いま」を愛する思いと 心のゆとりさえあれば「今日の歪み、濁り感」は 意味のあることとして 迎えいれていくことができます。そこに新たな価値が生まれていきます。

〇〇ちゃんへの音楽の願いを問い、音楽に〇〇ちゃんを委ね、しずまる時、私という、小さな存在を突き抜けて 新たな次への展望が 必ず開かれていくのです。

レッスンで突如 閃光が


昨日のおとなの生徒さんのレッスンでした。突如として20代の頃の音との交わりが思い起こされました。

それは 驚くべき 閃光でした。

爆発的なよろこびでした。


この1週間、ブログで 過去の振り返りを書き綴ってきましたが、何故書いたのか、自分でもわかりませんでした。
ただひとつ はっきり感じていたのは、「いまがその時だ」という思いでした。



堰を切ったように 溢れ、そのとめどなく溢れくる流れは 悲しみや困難や痛みが多かったはずなのに、書きながら 感謝に満たされているのが不思議でした。

金曜日の朝、過去の一連を書き切った感がありました。

その後からです。

20代、主人(当時指揮科の学生だった)の話してくれた言葉や、その時に感じた音の香りや、その時にどんな練習をしていたか、が鮮明に見えてきました。

昨日のレッスンでの「閃光」は 、まさしく、その 最も具体的な「音のいのちのほとばしり」でした。


20代 、確かに 生きることが苦しかったのですが、一方で どの時代よりも密接に音楽のなかで生きていたように思います。それは外的なそれ ではなく、最も内的なものでした。

曲のなかにいて、いつも曲と呼吸より近い感覚で向き合っていました。
「何故 こんなに美しいのだろう。」
「このパッセージはなぜリストは書かずにはいられなかったのだろう。」
「そう書かずにはいられなかったリストの内側では何がなされていたのだろう。」





このような問いには かならず答えが与えられるのでした。その答えは 私の最も個人的な内なる領域にフィットしていました。

それは 謙遜であり、妙なる響きであり、音をたてない愛でした。

それを知らされる毎に 咽び泣きました。



しかし、あまりにも忙しすぎたことと、あまりにも 現実世界では自分の内的な世界をないもののようにし、感情をハイジャックして生きてきたために、自己一致されない分離の苦しみが嵐のように押し寄せ、足元から掬われていきました。その日々は やがて、甘美な音の世界と対話をするエネルギー(肉の力)を尽かせ、乾きの中へと向かわせていったのでした。

ときを経て あたらしくなる


いま はっきり思います。
あの苦しみの時代は 「死」だった。

しかし、その「死」は まことに生きるために必要な「死」だったのだろう、と。

綴る日々の晩の就寝は、深い余韻に浸る感覚が与えられていました。





いのちは 日ごとに新しい


今日は2019年10月6日です。
私は 平安とよろこびに生かされています。


死んで終わりではない。
死んだところから はじまるのだから。

その 死も生も超えた永遠に響き続ける「音楽」が、この小さき者を通過し、一人一人の生徒さんに触れますように。


私たちひとりひとりに 与えられている生涯は祝福に満ちています。

その祝福の性質は  ひとりひとりが見出していくのです。

その歩みを 愛して励ませる 恵みに感謝します。



たとえ いま苦しみの最中にあったとしても必ず 宝に変えられます。





お読みくださりありがとうございました。

今日は日曜日ですね!
今、私はブランチの為にパンをこしらえています。ちょうど1回目の発酵を待ちながら綴ってきました。

しばらくのちに 焼きたてのパンの香りと、芳潤なコーヒーとともに 美味しい時間を過ごします。そのとき きっと、みなさまがいてくださることに改めて感謝が満ちることでしょう。

どうぞ しあわせな日曜日をお過ごしくださいね。
感謝を込めて
さいたま市緑区 / 浦和区ピアノ教室
まえだやえこ